保健室を、判断より先に呼吸が置かれる場所として書きたかった
01 / Breathing Roomこの長編では、保健室をただの休養場所ではなく、学校の速度が少しだけゆるむ場所として考えています。教室では毎日たくさんのことが素早く決まっていきます。元気かどうか、問題があるかどうか、明るい子か静かな子か、どういう役割の子か。けれど人は、そんなに早く輪郭づけられる存在ではありません。
薬師寺先生を通して書きたかったのは、その早さから少し外れた場所です。結論を出す前に、まず座れること。理解する前に、ひとまず息ができること。そういう余白がないと、人は自分のしんどさを自分でも言いあてられません。この物語の保健室には、そういう「まだ決めないでおける時間」を置きたかったのだと思います。
保健室は解決の場所というより、輪郭を急がずに持ち直せる場所として置いています。
この物語が拾うのは、事件ではなく、その手前でこぼれた輪郭です
02 / Before Solving薬師寺先生は、事件を解決する人ではありません。もっと手前にあるものを拾う人です。誰かに押しつけられた役割、先に決められてしまった性格、教室の中で少しずつ薄くなっていく位置。そうしたものは、問題としては見えにくいのに、その人の呼吸をじわじわ狭くしていきます。
ここには少し、レヴィナス的な感覚が入っています。相手を理解しきることより先に、相手の前でこちらの見方の粗さを引き受けること。相手をきれいに説明することより、説明しきれなさの前で立ち止まること。薬師寺先生の態度は、その方向を向いています。すぐに解決へ運ぼうとすることは、ときに相手の事情や時間を飛び越えてしまう。だからこの話の重心は、鮮やかな解答ではなく、雑に読まれていた誰かの位置を拾い直し、解決するまで見守っていくことにあります。
誰かをわかることより先に、わかり方を急ぎすぎていないかを見直す。待つことや見守ることまで含めて、この物語の倫理にしました。
「拾う」ではなく「拾ってしまう」にしたのは、この人の不器用な倫理のためです
03 / Inclination題名を考えるときに大事だったのは、薬師寺先生が能動的に世界を救いにいく人ではないということでした。正義感で全部を引き受けるのではなく、見つけてしまったものを見なかったことにしきれない。気づいてしまったから、もう通り過ぎられない。その感じを出したくて、「拾ってしまう」という言い方にしました。
ここには、善意というより習慣に近い倫理があります。学校のように制度が先に動く場所では、見過ごすこともひとつの機能になります。それでも薬師寺先生は、ときどきその機能から少しずれる。そのずれが、この人のやさしさであり、この物語の駆動力でもあります。
拾ってしまう、という言い方には、英雄性より先に、気づいたものを放っておけない生活の癖を込めています。
保健室に現れる怪異は、言えなかったものの残り方として置いています
04 / Residueこの作品に出てくる怪異めいたものは、怖がらせるための装置というより、言葉にならなかったものが形を持って残るための装置です。増えた椅子、差出人のないメモ、説明のつかないぬくもり。そういうものは超常現象というより、途中で切れてしまった会話の続きに近い。
ここで意識しているのは、言葉にならなかったものがそのまま消えるのではなく、別の仕方でこちらに触れてくるという感覚です。その触れ方を、保健室という場所の静けさの中で見えるようにしたかったのです。学校では、言えなかったことはしばしば「なかったこと」にされます。でも本当は、言えなかったことほど、あとに残る。だからこの物語では、それが椅子や湿り気や体温のような形で戻ってくるようにしました。
最後まで話せなかったことは、消えるより先に残り方を変える。その感覚が、怪異の土台になっています。
先に決められてしまうことへの違和感が、この長編の芯にあります
05 / Pressureこの長編を書きながら考えていたのは、人がしばしば中身より先に輪郭を与えられてしまうことです。あの子はこういう子、あの先生はこういう役回り、その場にいるならこう振る舞うはず。学校はとくに、その仮の輪郭が早く定着する場所だと思います。
ここにはニーチェやシモーヌ・ヴェイユから受け取っている感覚もあります。ニーチェからは、既製の価値や評価をそのまま受け取らず、誰がその輪郭を作っているのかを問い返す視線。ヴェイユからは、相手を自分の理解に回収する前に、注意深く見ることの倫理。この物語で薬師寺先生がしていることは、相手を救済することより、相手の輪郭を早く閉じないことに近いのだと思います。
この話で守りたかったのは、人物を定義することより、定義が早すぎる場面に違和感を残すことでした。
この物語は、遅いからこそ届く話にしたかった
06 / Necessary Slownessたぶんこの長編は、かなり遅い物語です。すぐに大きな事件が起きるわけではないし、明快なカタルシスが続く話でもありません。でもその遅さは、単なるテンポではなく、この作品に必要な倫理だと思っています。物事は、画期的なアイディアで素早く解決できるなら、そのほうがいい。けれど現実には、もし本当にそれができるなら、多くの人はもうその方法を選んでいるはずです。それでも解けないことには、解けないなりの事情や時間がある。その時間ごと引き受けないと届かないものがあります。
薬師寺先生の物語で書きたかったのは、結論の強さではなく、訂正できる余白です。解決する、という言葉は、ときに相手の途中を切り上げる力も持っています。だからこの長編では、理解よりも呼吸を、即答よりも伴走を、解決よりも位置の回復を選びました。最後まで片づけることより、解決するまで見守っていくことのほうに、むしろ大事な仕事がある。その感じが、読後に少しでも残ったなら、この物語は自分の望んだ形で届いたのだと思います。
時間をかけないと解決できないことは、世の中に多くあります。その時間を乱暴に短縮しないことが、この長編で守りたかったことでした。