第9章 わたしという構文へ // reading
chapter observation

第9章 わたしという構文へ

意味がなくても、使うことはできるか。使用が積み重なったあとに意味らしきものが現れるのか。

question

意味は定義されてから使われるのか。それとも、使われることで意味になるのか。

philosopher

後期ヴィトゲンシュタイン / 語用論

scene

二回 / 待つ / 続ける / 返す

summary

章の要点

第9章では、「二回」という意味未確定の打音が、二人のあいだで繰り返し使われる。凛は待つときに二回叩き、翼は続けたいときに二回返す。ときには一回になり、三回になり、返事が来ないこともある。そのズレを含めた使用履歴そのものが、二人のあいだに一つの言語的な実践を作っていく。

observation

作者による再記述

「二回に意味はない。でも、使い方はある。」

意味は、まず定義されたあとに生まれるのではなく、反復される場面の中で少しずつ輪郭を持ち始める。

この章は、語りの変化を通して自己が再形成される様を描いているが、その自己は固定された主体ではなく、使い方の連鎖となる。

deep reading

問いと本文の交差

point 1
定義より使用が先行する。二回は辞書に固定されていないが、待つ・返す・続けるという場面で反復される。したがって、意味とは一度に与えられるものではなく、使用履歴のなかで暫定的に形成される。
point 2
受け取った意味と発話意図を区別する。解釈は自由だが、自分の解釈を相手の意図として勝手に確定してはいけない。作品の倫理は、受け手の自由と相手の発話責任を切り分けるところにある。
point 3
「二回」は暗号ではない。固定された意味を運ぶ記号ではなく、複数の場面で反復されることによって、一つの用法領域を作る。意味は完全な定義ではなく、使用の継続で成立する。
linguistic notes

語用論・語彙の観察

「二回」がどのように意味を持つかを決めるのは、辞書的定義ではなく、待つ・返す・続けるという場面の反復である。ここでは、意味が決まっている前提で表現が使われるのではなく、使うこと自体が意味の形成に関与している。受け手が理解した内容と、話者が意図した内容は同一ではないため、続けること自体が相互解釈の条件になる。